Jan 28, 2025: (±) マザーマシン
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この数年、工作機械に興味があります。
回転させた材料に刃物を当てる旋盤。その逆に、回転させた刃物を材料の塊に当てることで、目的の形状を削り出すフライス盤やボール盤。古くは町工場で使われ、手作業で数十ミクロン単位の精度を追求する旋盤工のような職人さんの仕事道具として活躍してきました。
機械部品や金型をつくるのに使われたこうした工作機械は、和製英語でマザーマシン、つまり「機械をつくるための機械」とも呼ばれています。技法や道具を開発するところから制作を積み重ねてきた映像作家として、そんな工作機械たちにどことない共感のようなものを感じつづけてきました。
前回(Jan 23, 2025: (±) CNCコマ撮り2つを作る)のDevlogでも書いたCNCとは、こうした工作機械をコンピューターをつかって数値制御する技術です。旋盤やフライス盤のどれにも共通する構造は、それがいくつかの回転軸やスライド軸から構成されていることです。そこにワークと呼ばれる加工対象物が据え置かれ、そしてツール、つまり刃物がワークを加工する。CNCの基礎的な発想は、「軸」の駆動を人の手の代わりにモーターに任せ、その移動量や速度をコンピューターから送られる信号によってデジタルに制御します。1950年代に登場したCNCは、CAD(Computer-Aided Design; コンピューターで図面などを引くためのソフトウェア)とともに、デジタル空間に描かれた構造物を現実世界に「レンダリング」する技術として、今日の製造業には無くてはならない存在となっています。 table:いろんなCNC
軸 ツール ワーク
フライス盤 スライド軸(X, Y, Z)、スピンドル エンドミル 主に直方体
旋盤 スライド軸(Z)、チャック バイト 丸棒
レーザーカッター スライド軸(X, Y) レーザー 板
ペンプロッター スライド軸(X, Y, Z) ペン 紙
3Dプリンター(FDM) スライド軸(X, Y, Z)、エクストルーダー ホットエンド 樹脂フィラメント
この十数年のメイカー運動やDIY運動によって、CNCは改めて注目を浴びています。ペンプロッターやレーザーカッター、3DプリンターもまたCNCの一種と呼べるのですが、数万円台の家庭用CNCの登場によって、個人でも工業製品のように精密なものを作れるようになりました。結果として、趣味や小規模プロジェクトにおけるプロトタイピングが容易になり、製作の自由度が劇的に向上しました。2016年にフライス盤、2022年に3Dプリンタを購入して以降、ぼくの撮影用リグ作成は大いに捗っています。
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たのしい
映像分野の中でも、こうした廉価なCNCの登場によって大きく制作スタイルが変化したのはコマ撮り業界かもしれません。『クボ 二本の弦の秘密』で知られるコマ撮りスタジオのLaikaでは、パペットの表情の変化を予めCGソフト上で作ってしまって、それを3Dプリントしたものをお面のように差し替えることでアニメーションさせていたりするそうです。
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Behind the scenes of Kubo and the Two Strings
個人的に好きなCNCコマ撮りは、映像作家デュオのKijek/AdamskiによるトクマルシューゴのMV『Katachi』です。これはレーザーカッターをつかって人のシルエットや図形を一コマずつスチレンボードに切り出し、それを厚み方向に並べていくところをコマ撮りしています。映像というメディアは2次元の画像と 1つの時間次元からなる立体物として捉えることもできるのですが、それを文字通り物理的な3次元空間に配置しているところに、どこかおかしみを感じるんですよね。 https://www.youtube.com/watch?v=4XXXlRcgBhs
だけど一方で、CNCの使われ方というのは、工作機械としても映像制作のためのツールとしても、いつだってその「出力物」に主眼が置かれてたように思えます。これは個人でフライス盤や3Dプリンターを持っている人には共感してもらえると思うんですが、CNCの面白さってむしろその出力する過程にもあるんです。人間じゃ絶対思いつかないような書き順で、せっせとツールを動かし続けている様子は、どこか健気で中毒性があるんですよね。よう働いてくれてるなぁ〜って。フライス盤を購入してからしばらくは、切削している様子をYouTube Liveで配信して、スタイロフォームでお団子を切削している様子を眺めながら花見に出かけたりなんかしていました。
https://www.youtube.com/live/92eSyXnyouk?si=oZdod_U36vvXpXSa&t=2997
CNCを動かす仕組みって実はめちゃくちゃ単純で、人でも読めるテキストファイルによって制御するんです。それこそ60年以上も変わっていなかったりします。
code:gcode
G90 ; 以後、絶対座標で動かして
G0 X100 Y1150 ; ツールをX=100mm, y=150mmの位置に動かして
G1 Z-5 ; ツールをちょい下げして
G1 X200 F1000 ; 1分間に1mの速さで、X=200mmまでゆっくり動かして
これはその制御プログラムの一例ですが、G から始まるコマンドの羅列なので「Gコード」と呼ばれています。工場で使われているウン千万の機械から、最近3Dプリンタ界隈を賑わせている4万円台のBambu Lab製品まで、一貫してただの文字によって駆動されているのって面白くないですか?
大概のGコードは、人の手ではなく、専用のソフトウェアによって自動的に生成されます。フライス盤ではCAM(Computer Aided Manufacturing)、3DプリンタではSlic3rのようなスライサーアプリが使われています。こうしたツールのお陰で、ぼくら設計者は「どう軸を動かすか」ではなく、「どんな形を出力するか」という点に集中することができます。 https://baku89.com/wp-content/uploads/2022/07/fusion360_gcode_3.gif
Fusion 360のCAM機能
ただCNCそのものに惹かれている身としては、普段は不可視化されているGコードにもうひと工夫加えることで何か面白いことが出来ないかものか気になってきます。例えば、出力する途中でツールを退避させるGコードを挟み込み、そして切削油のオンオフの出力をカメラのシャッターにつなげることでコマ撮りするとか。あるいはGコードの数値をランダムに足し引きすることで、出力の精度をあえて落としてみたり。その道具を使うにあたって注目するレイヤーを、出力したいモデルではなく、出力するための制御方法という一段低いレベルに下げてみることで、新しい工作機械の使い方が見えてくるような気がするんです。
もう一つの気づきは、映像制作に使うカメラスライダーや電動雲台もまた、フライス盤のエンドミル(水平方向に削るためのドリル)や3Dプリンターのホットエンドの代わりに、レンズを据え付けただけの、CNCの一種だということです。EdelkroneやArcのようなメーカーがしっかりとした作りのスライダーを出していて、ぼくも買ったことがあるのですが、こんな単純な仕組みにもかかわらず、専用のアプリからしか制御できないし、好きに改造も出来ないのがどうにも不満なんですよね。ならCNCを組む要領で自分でカメラ用の6軸のスライダーを作ればいいじゃないかって。だから今回の映像で試したいことのエッセンスは「CNCデバイスを、CNCとしてのカメラスライダーで取り囲み、CNC制御によって撮影する」という入れ子構造にあったりします。
長くなってしまいましたが、次回は今回試したい技法について具体的に掘り下げてみます。
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